JFEスチールへと続く道は鋼管通りと呼ばれ、その通りの中ほどに中華料理「開拓」はあります。父親の節夫さんがこの地に店を開いて30年。昼は会社員や建設職人などを中心に、夜は常連客で賑わいます。
由美さんが店を手伝うようになって20年。その間2人の子どもを産み育ててきました。出産前日まで働き、産後もすぐに復帰。赤ちゃんをおぶいながら働く由美さんを、お客さんたちが温かく見守ってくれました。
平成13年、節夫さんが突然、脳溢血で倒れました。一人で店を開ける自信がない由美さんに、節夫さんは「今まで見てきて何も出来ねえのか。自分の食いぶちは自分で稼げ」と。その一言で由美さんの中の「開拓魂」が目覚め、平成17年には調理師免許を取得。何度も大病を患う節夫さんを由美さんが支えてきました。
節夫さんは職人気質で、「料理は自分の目や舌で覚えろ」が基本。厨房では、節夫さんが鍋を振るい、由美さんはその隣で手際よく調理を補助し、接客をします。店の名が付く「開拓ラーメン」 は、醤油ベースで辛く煮込んだ牛肉をもとにした味付けで、くどさがなく評判。出前は母親の敬子さんが担当します。「うちは家族の絆が強いんだ」と誇らしげに語る由美さんの背中には「開拓魂」の文字が光ります。
「父親のように、地元の人に慕われ愛される店を守り、引き継ぎたい」と由美さん。姉御肌な雰囲気の中に、フッと笑った時に見せる優しい一瞬の表情が魅力です。
神商連しんぶん2011年12月号(252号)より
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