■ アスベストの肺ガンで亡くなったUさんのこと
府川 清 (平塚民商副会長・西支部事務局長)
Uさんは、私の末の弟の同級生でした。真面目でおとなしい人柄で、みんなに好かれていた。技術高校を出て、いろんな仕事に就きましたが、鉄骨組み立ての仕事に従事していたときに、記帳問題の解決から、民商に入会。入会当時は、まだ元気に仕事をしていた。
そのうち仕事で上り下りすることが、辛くなり始めていた。アスベスト問題が大きな問題になり、仕事柄、1度調べてもらったら、と私が声をかけてから間もなく、そうしたい、と本人から申し出があった。健診でかかっていた診療所から胸のレントゲン写真を借り出し、従事した職歴のメモを付けて、先にアスベスト肺と診断されていた会員の高橋静男さんが、港区にある、しばぞの診療所の専門医・海老原先生に届けてくれた。即アスベスト肺で間違いないと診断が下された。先生の診察を受け、労災への申請手続きをした。すぐに労基署は労災患者と認めた。労災の休業補償など給付も受けられるようになり、Uさんの本格的な闘病が始まった。
10年前からアスベスト肺を発症している、と死亡診断書にある。亡くなる1年以上前から、仕事も出来なくなり、酸素ボンベを離せない状況に追い込まれ、酸素吸入を続けた。何回か検査入院し、亡くなる3ヶ月前から、肺がんの症状が急速に進行、呼吸困難が進み入院。1ヶ月と6日間後、60歳の若さでこれからというとき、呼吸不全で亡くなった。見舞いに行ったとき、「誰か会いたい人はいないですか」と、尋ねたが、「こんな姿を誰にも見せたくない」と、悔しさが込められた悲しみを滲ませていた。このような悲劇を出してはいけないと強く思った。
Uさんのアスベスト肺の原因は、10年以上前、機械部品の研磨作業:アスベスト製バフ(羽布)の高速回転による研磨に従事。飛散する細かいアスベストの砕片を吸い込んだためです。
アスベストは鉱物・石で、石綿とも言われ、繊維状に変形したもので、熱に強く、燃えない・耐熱性、断熱性、耐久性、耐薬品性、電気絶縁性、防音性など優れ、替わりになるものが無く安価であるため「奇跡の鉱物」として重宝されてきた。利用価値があるので建築資材、電気製品、自動車、軍艦、家庭用品など様々な材料に沢山輸入され、使われてきた。
しかし、空中に飛散した石綿繊維を長期間大量に吸入すると、すぐ発症しないが、後々、肺がん、中皮腫、呼吸困難・呼吸不全で死に至る、恐ろしい病気。2011年度以降は、国内での使用・製造は禁止されている。その間、被害者が続出し、国会でも取り上げられ、患者に対する補償、隠れた患者を見つけ出すこと、二度と悲惨な患者を出さないようにするための対策が打たれた。アスベストの被害はかなり前から知られて、対策が提案されていたのに、諸外国に比べ国の対策が経済的な理由で、後手、後手になり、問題を拡げてしまったことに怒りを覚える。犠牲者本人、家族や周りの人たちにとって、ほんとうに悔やまれる。
Uさんは、独り暮らしの合間に、趣味で鳩をたくさん飼っていた。長距離の鳩レースで、度々優勝するなど、優れた鳩の飼育者で、獲得した優勝杯や楯をいっぱい飾ってあった。
鳩を愛し、可愛がることでは人後に落ちない人であった。春に卵を産ませ、鳩の子を育て、訓練して、夏から秋に鳩レースに参加させていた。長い距離では、本州の北の端・青森まで籠に入れて運ばれ、そこから飛ばされた鳩が度々トップで帰ってきている。入院していたとき、私が商工新聞を届けに行き、小屋を覗くと主人恋しさなのか、鳩は私の方によって来る可愛い鳩であった。入院中は、鳩の仲間が面倒を見てくれていた。梅沢さんが亡くなってから、梅沢さんが手塩にかけて育てた鳩は、その仲間たちに、喜んで引き取られ、大切に飼われている。
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