昭和33年、黄金電車に揺られ、宮城県から上京。花の都で、蹴飛ばしと呼ばれるプレス工になり、その後、共同経営でメッキ屋を立ち上げました。しかし、失敗。知り合いの塗装屋で、3年間修業をして、独立しました。昭和42年に縁があって、今の「かかあ」と結婚。今は2人の娘も稼ぎ、「かかあ」と2人暮らしです。なぜ、塗装屋を?資本金はいらないし、車1台で始められるからね。
一時、従業員を抱えていて、この不況の時に向うから「やめさせてくれ」と、云われた時は正直「ホッ」としたね。従業員を遊ばせておくわけにもいかないし、かといって「仏の重さん」としては首にもできない。
民商の会長になってからは、もう大変。今までは、自分と「かかあ」と娘や孫のことが最優先だったのが、「ほら!会議だ」「ほら!会員増やせ」「ほら!新聞増やせ」と、いわれっぱなしだったのが、今は先頭に立ってハッパをかけなくちゃいけないからね。
でも、まあ〜愚痴を言いながらでも、役員さんがこたえてくれるしね。会長になってから何年かな〜。五〜6年経っちゃったね。
今の政治には、本当に頭に来るね、どこを向いて政治をやっているんだと議員さんたちに言いたいよね。今まで長く商売をやってきたけど、こんなに大変なことはなかった。
会員さんのところをまわると「みんなたいへんですか?うちだけじゃなかったんですね」「税金が払えなくて、でも税務署行くと、とにかく払えと言われるんでしょ」「この売上で親子3人どうやって生活しているのかこっちが聞きたいね」「病院に行くのも財布と相談だよ」等々、どの会員も生きるのに必死だね。「困ったことがあったら、一人で抱え込まないで、民商に相談においでよ」と声をかけていますよ。事務所から、「会長、明日、暇?そう!一緒に税務署行ってくれる?」「明日、相談者がくるんだけど、何時に帰れる?」に始まり、「会員をどうやったら増やせる?」「会員を一人ぼっちにさせないためには?」「統一行動では、会員を徹底してまわろう」「とにかく支部を中心に物事をすすめなくては」等々、本業の方はさっぱりだけど、民商の方は何かと当てにされているのか、こき使われているのか?
「重さん、手が空いたら、手伝ってよ」。ありがたいことだよ。あと何年仕事ができるかわからないけど、そうだよ、民商の会長も、仕事だよ。
神商連しんぶん2010年12月(第240号)より