中小業者の営業とくらしを守る
神奈川県商工団体連合会
困ったときの強い味方です
気軽に声をかけてください
あなたの街の民主商工会です
  ホーム → 神商連しんぶん → 商売人生を語る
商売人生を語る
故郷へ想いをよせて

(有)坂本水道
横浜西部民商 
 林 吉彦さん
保土ヶ谷区坂本町284
TEL045-331-1736

 私が横浜に来て48年が過ぎようとしています。また、水道工事を始めて、約40年の年月が流れようとしています。
 出身は奄美大島。今、普天間基地の移転先をめぐって、大きな反対運動が起こっている徳之島も、奄美群島の島です。今、沖縄や徳之島では、『復帰運動のような運動をめざそう』という声が聞こえます。そこで、かつての奄美群島の祖国復帰運動を是非紹介したいと思います。
 ふるさとの奄美大島を中心とした奄美群島は、鹿児島市から380キロ離れた飛び石状の島々からなり、産業は大島紬、サトウキビ、果樹園などで、人口は約13万人。敗戦後、奄美群島は、沖縄、小笠原と共に日本から切り離され、米軍の統治下におかれました。それは、中国の共産革命に対する軍事拠点でした。奄美では米軍政府の下、本土との交通は遮断され、大島紬の生産もストップ。また、米軍政府は言論、出版、結社の自由も規制。そういう状況で、祖国復帰、自由、平和の旗を掲げて島民は立ち上がり、復帰協議会を結成し、わずか2ヶ月で14歳以上の島民の99.8パーセントにあたる13万9348人の署名を集めたそうです。それは、陸の孤島といわれる道路のない部落が点在する状況の中でのことです。そして奄美のガンジーといわれた指導者、泉芳郎の『断食スト』が島全体に広がり、また、小中学生の血判状事件等、島上げての激しい復帰運動が展開されました。衝撃を受けた米軍政府はその運動が沖縄に飛び火するのを恐れ、1953年ダレス国務長官は「奄美返還声明」を発表しました。しかし沖縄には基地を温存。今日に至っています。今、再び米軍基地の移設という問題に直面し、再び復帰運動のような心ができていると思いますが、民主党政府の裏切りにより、これから大変な運動になると思います。そういう故郷の困難に思いをはせながら、横浜で水道工事の仕事に精を出しています。
 私はかつて、ある一流会社(?)のサラリーマンでしたが、労働運動で挫折し今の仕事に入り、独立して今に至っています。幸い今の女房と結婚し、子供も後を継ぎ仕事も順調です。独立以来世話になっている民商活動の中で、世の中を知り、生き方を学んできました。独立した当初は忙しく、体力の続く限り働いていました。当時は下請けでしたが、横浜市の指定店となり、地盤をつくる中で、お客様の立場に立った仕事ができるようになりました。
 今回自分の商売を語るよりも、ふるさとの苦境を多くの本土の人達に理解してもらうため、神商連しんぶんに原稿を寄せました。ありがとうございます。

神商連しんぶん2010年6月(第234号)より

商売人生を語る 記事一覧へ 神商連しんぶんへ戻る このページのトップへ戻る
中小業者の営業とくらしを守る  神奈川県商工団体連合会
助け合い、励ましあい、不況をのりきろう。この世のことで解決できないことはない
〒221-0823 横浜市神奈川区二ツ谷町1-11  TEL 045-314-5551 FAX 045-312-5244
info@minsho.net