| 【04.02.01】現在・過去・未来 畳のあるくらし |
| 大和民商 畳製造 阿部實さん 丸吉タタミ店 TEL 046-274-0249 |
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阿部實さんは父親から「高校をやめるなら職人になれ」と言われ、知り合いの畳屋さんに弟子入り。これが中小業者になるきっかけでした。24才のときに、親方の仕事を継いだ息子さんが逃げ出し、親方から「借金も含めて受け継ぐなら、店を譲るよ」と言われ、独立を決心しました。この引継ぎ中身に民商も入っていて、自然と民商にかかわっていきました。でも当時は「七夕会員」。一年に一回だけの付き合いでした。 ジャンケンで負けて役員に ところが、「当時の事務局員から、支部の役員を引き受けてくれないか」と頼まれ、断ったのですがジャンケンに負け、しかたなく役員に。しかし、この頃も役員とは名ばかりでした。でも何回か誘われ、支部役員会にでると集ってくる人たちが20代から30才前半。商売の話や女の子の話がおもしろくて、阿部さん自身はお酒が飲めませんが、朝の四時、五時までみんなと話し合ったといいます。心を動かされた集会 大きな転機になったのは86年10月におこなわれた大型間接税反対全国中小業者決起大会への参加でした。箕輪さん(共済会理事)から「運動は大きな集会に出てみないとわからないよ」と言われ、「そんなに言うなら行ってみよう」と参加。明治公園でおこなわれ、2万人が結集した10・26集会に参加して、「なんでこんなに人が集るのかびっくりした。私たち神奈川がデモに出るとき、沖縄の代表の人たちがようやく会場にたどり着いた姿を見て、感動した」と当時をふりかえります。それが転機になって、民商運動にのめりこんでいきました。畳産業の危機、そしてこれから阿部さんは民商役員ともう一つの顔、畳組合の役員もおこなっています。 親方に付いて、畳の仕事をはじめたころ、「こんなやり方で仕事は続くのだろうか」ということを漠然と考えていました。当時、仕事はたくさんありましたが、宣伝もアピールもしなかったからです。親方にそのことを話したら、「畳がなくなるわけがない」と怒られたそうです。まだ、一軒で洋間は一部屋の時代です。![]() しかし、いすの生活が広がり始め、バブルを前後して、マンション建設とともに、一気に畳の部屋はなくなっていきました。畳産業に危機感を持つ阿部さんは、組合に青年部をつくり、畳をどう守り、育てるのか、いっしょにとりくんでいます。畳のピーアール、仕事の確保をはじめました。青年部の活動が刺激となって畳組合全体も畳祭りの開催や、市の産業展への出展を通して畳のことをアピールするようになっていきました。 デフレ経済で、たいへんな事態に。阿部さんは生産者、問屋、業者、消費者の結びつきが大事とこれからの展望を見据えています。 神商連しんぶん2004年2月(第158号)より
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