相鉄線三ツ境駅から徒歩20分、歴史的建築物(旧安西家住居)、自然観察林、散策路、せせらぎがある「長屋門公園」のそばに、お目当ての「パブ・バンバン」は周囲の景色にとけ込んでお店を開いています
開店景気」が2年続いた
開店は1997年10月。脱サラしたら「水商売」、と会社勤めの経験しかない鈴木さんは決めていました。店の名前は、娘さんたちと「おぼえやすくてドンドンバンバンお客さんに来てもらえるように」と決定しました。お酒の作り方もスナックでアルバイトをしたことのある娘さんたちに教えて貰いました。
最初は昔の会社の同僚や知り合いの人で結構繁盛していましたが、二年を過ぎると、客足が途絶え、店をやってゆくことが困難になりました。常連さんに「開店景気が二年も続く方が奇跡だ」と教えられました。当初から一緒にやってきた従業員さんにもやめてもらわざるをえませんでした。自身も昼間はアルバイトに出ることを考えました。昔の営業経験を生かしてチラシをつくり近所へのポスティングも度々でした。
お客さんに激励されて
「お店のファンクラブなんてあるんだって…」と何気なくつぶやくと、「つくろうヨ」と、常連のカンタローさんが中心になって、あれよあれよと後援会を立ち上げ、役が決まり、規約ができ、「会ができたから新聞だ」と、1999年2月、「会報バンバン」が発刊になりました。
しかし、お店はすぐに好転しません。鈴木さんは弱気になります。その時々に、「一人でやっていたら客は遠のく…」「積極的に若い子を入れたら若い客が増える」「新聞の効力が今に出てくるから…」と温かく励ましてくれたのが常連さんでした。
今は、お陰で開店当時の繁盛を取りもどしました。2003年1月付けの「バンバン」47号は80部を郵送しました。「当面は100部の発送が目標」と、鈴木さんの顔はかがやきます。
プラス民商の応援
民商との出逢いは開店と同時です。開業方法も税金申告もどうしたらいいかと悩んでいたとき、郵便受けに民商の「なんでも相談会」のチラシを見つけました。 「これだッ」と、さっそく娘と一緒に、なんでも相談会場に出かけ、入会しました。以来、税金、経営、法律、さまざまのこと親身に応援してもらいました。
「時間の関係で班会や会合にでられないけれど、民商の行事はできる限り出るようにしています」と、絶大の信頼です。
継続は力実感しています
会報バンバンは、「わが家にも入れて!」というお客さんに発送しています。紙面は、店でのエピソード「噂のチャンネル」、お店の月予定、そして「小説・バンバン恋物語」で構成、A4版、月1回のペースを崩さず4年以上継続しています。このエネルギーは大変です。
継続は力。パブ・バンバンは、ママを激励する民商会長を含む常連(後援会)さん、新聞の編集印刷を続けるカンタローさん、常連さんの期待に応えるママさんの息がぴったり合って、小泉不況をはねのけています。 元気のいいお店はお客がバンバン入ります。
神商連しんぶん2003年2月(第146号)より
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